鍼灸専門学校での実技指導講師
「鍼灸治療が難聴・耳鳴りに効く」と聞くと一般の方は不思議に思うかもしれません。しかし、実際に鍼灸治療が耳鳴り・難聴に対して効果が確認できるとした学術論文も多く発表されており、当院でも鍼灸治療の効果を実感されている方が多くいらっしゃいます。
そこで、今回は鍼灸治療がどのような生理機序によって症状改善が期待できるのか。また、当院でどのような治療をしているのかをご紹介したいと思います。
音が脳に伝わる伝導路
音は外耳道から入って鼓膜を振動させます。この振動は中耳にある耳小骨(ツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨の3つ)に伝わり、さらに蝸牛という器官に到達します。蝸牛はカタツムリ様の形をしていて内部がリンパ液で満たされています。音の振動はこの蝸牛内のリンパ液を振動させ、内壁にある有毛細胞が振動をキャッチして電気信号に変換し、内耳神経を伝わって音を脳で感じる仕組みとなっています。
伝音性難聴と感音性難聴
難聴は伝音性難聴・感音性難聴に区別され伝音性は外耳〜中耳まで、感音性は内耳〜脳までの間で、何らかの原因で発生するといわれています。これらの原因は様々で原因不明なケースも数多くあり、伝音性・感音性と区別がつかず混合型といった複雑な病態まで存在します。一般的に伝音性難聴の方が原因は分かっているものが多く、感音性に比べて治癒しやすいといわれています。
鍼灸治療ができることは
鍼灸治療の最大の治療効果は体性‐内臓反射を利用することです。皮フ・筋、骨に入った刺激が内臓の働きに影響を与える反射のことを指します。中耳にある鼓膜張筋やアブミ骨筋といった平滑筋は耳小骨に作用し、音の伝わりを増幅させたり、減少させたりする機能に関与しています。これらの筋は三叉神経の第三枝(下顎神経)の支配を受けています。何らかの原因でこれらの筋が機能低下を起こし難聴が出現している場合では鍼灸刺激を用いて機能改善が見込めると考えます。同じ下顎神経支配領域にある下関穴、また耳管を支配する顔面神経作用できる翳風穴を用いて機能改善を促します。また、血流改善も同時に作用し低下した伝音機能の回復を目指します。
感音性難聴の場合でも、内耳での浮腫より機能低下が起こっている場合には、鍼灸治療により内耳周辺の血流改善作用によって機能回復が見込めると考えます。内耳には椎骨動脈からの分枝が内耳を支配しており、これらの血流改善には頸肩部の筋緊張緩和を促すことで、頸部交感神経節へ影響を及ぼし、椎骨動脈の血流改善が見込めます。特に扶突穴・天窓穴への刺鍼が有効です。
鍼灸治療が全ての難聴に効果があるというわけではありません。難聴は原因が解明されていない部分が多くあり、症状の陰には大きな病気が隠れている場合もあります。聴力の著しい低下やめまいや吐き気、激しい頭痛などがある場合には専門医の受診を第一に考えるべきです。その上で、特に大きな問題が無く投薬治療が中心の場合は、鍼灸治療を併用すると良い場合があります。最近の研究論文ではこれらの鍼灸治療により、伝音性難聴では平均で10dC程度の聴力改善、感音性では全体の2〜3割程度の方の聴力回復が見込めるとの報告があります。私の私見ですが、難聴で当院を受診される方のほ多くが、長期にわたり、ひどい肩凝り・首凝りに悩まされています。鍼灸治療でこれらの筋肉の凝りを取るとほとんどのケースで症状が良くなります。